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ロックンロールに蟀谷を

踊れないほうの阿呆。Twitter:@oika

馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない―書評『嫌われる勇気』

読書 人生訓

 去年くらいにベストセラーになっていた、アドラー心理学の解説書『嫌われる勇気』を読了。

 個人心理学とも呼ばれるアドラー心理学。臨床というかむしろ自己啓発に近いもので、心理学としては全然興味のある分野ではなかったんだけど、最近いろんな自己啓発系に触発されまくっている職場の偉い人がアドラーの目的論がうんたらかんたらだという話をし始めたので、反発するにしても一応何か読んでから反発しようと思って、読んだ。

 本書はアドラー解説書のなかでもたぶんだいぶ解かりやすい部類のもので、読んでいて難しく感じるような部分は全然なかった。構成は非常によくできていると思う。

 アドラー論を話して聞かせる哲学者と、いちいち反論しながらそれを聞く若者との対話形式になっていて、前述のような動機で読み出したので、図らずもこの若者と同じような態度で、「悪魔的教唆だ」「ニヒリストめ」とか言いながら哲学者の説明を懐疑的に読み進めた。

 けど結局だいぶ面白かったですね。

 人間の悩みはすべて対人関係の悩みだーとか極端すぎるところもあって全面的に受け入れることはできないけど、課題の分離の考え方は面白いなと思ったので、そのあたりの話を少し紹介。

 

全体論と目的論

 人間はその人の全体をもって、それ以上分解できない最小単位である、というのが全体論

 つまり、本当はこれがしたいのに仕方なくあれをする、みたいな意志と行動の食い違いをアドラーは認めない(そんなことはあり得ないとする)。なんせ「個人」というのが最小単位だから。

 「トラウマ」なんてものも、あり得ないと完全に否定される。

 過去の経験のせいでこれがしたいのにできない、ではなくて、その人には「それをしたくない」という目的が先にあって、その目的を叶えるために言い訳にできる経験を記憶から選び取っているだけでしょ?と言う。

 これが目的論。すべての行動には目的があるという話。

 

承認欲求の否定

 アドラー先生は、他人からの承認を求めることを完全に否定するようだ。

 いわく、人が他人からの承認を求めるのは、賞罰教育の影響であると。

 適切な行動をとればほめてもらえる。不適切な行動をとれば罰せられる。そういう賞罰教育の結果生まれるのは「ほめてくれる人がいなければ、適切な行動をしない」「罰する人がいなければ、不適切な行動もとる」という、誤ったライフスタイルである。

 ほめてもらいたいという目的が先にあって、そのために善行をする。結果ほめてもらえなかったら憤慨する。そういう態度の否定だ。

 このあたりが書名の「嫌われる勇気」につながる話なんだけど、要するに、我々は他者の期待を満たすために生きているわけではないという話なのだ。

 他者の期待を満たすように生きることは、他者の人生を生きることである。

 そして、他者もまた、あなたの期待を満たすために生きているのではないと理解せよ、という話であった。

 

課題の分離

 上の話とも繋がるんだけど、この「課題の分離」という考え方が一番わかりやすかったというか、腑に落ちた。

  要点はシンプル。

 ・「これは誰の課題か?」を考える

 ・他者の課題には踏み込まない

 およそあらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むこと、あるいは自分の課題に土足で踏み込まれることによって引き起こされるのだという。

 「これは誰の課題か?」を考えるためは、その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か?を考えれば良い。

 自分の子供が全然勉強をしようとしないとき、アドラー心理学では、強制的に塾に通わせたり、罰を与えたりして勉強を強いることをしない。

 なぜなら、勉強することは子供の課題であって親の課題ではないから。

 それを、口では「あなたのため」といいながら、自らの支配欲や世間体という目的があって子供に勉強させようとするので、子はその欺瞞を察知して反発するのだと。

 

 他者の課題に踏み込まないとは、放任することを意味しない。

 これはあなたの課題であるということを伝えた上で、精いっぱいの援助はする。

 ただし、最終的に勉強するかどうかを決めるのは子供自身である。

 「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない」ということわざがあるらしいけど、まさにそういうスタンスだ。

 

 この、自分の課題と他者の課題との境界線を知るべし、という考え方が、アドラー心理学のけっこう核の部分なんじゃないかなという気がした。

 他者の期待に沿う選択ではなく、自分が信じる最善の選択をしましょう。

 その選択の結果、他人は私をどう思うだろう? それは、他人の課題なので、自分が考えるべきことではないのである。

 

 最初にも書いたけれど本の構成がよくできていて、どういう文脈でそういう話が出てくるのかというのが、読み進めると自然に理解できる。

 さすがベストセラーになるだけのことはある。

 

 なお後日談として、上司に「アドラーの目的論読みましたよ!」と言いに行ったら、「そうか…まあおれは読んだわけじゃないんだけどな」と返されたというオチがつきます。

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え