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ロックンロールに蟀谷を

踊れないほうの阿呆。Twitter:@oika

中川ライター店という扉

 札幌市街のどまんなかよりやや南を東西に走る狸小路商店街、その4丁目に位置する中川ライター店というお店が、100年以上に渡る長い営業に幕を下ろす。

札幌・狸小路最古113年愛され続け 中川ライター店閉店へ−北海道新聞[暮らし・話題]

 

 ハチヨンイズムに以前「ミニヨンの空気抵抗とハチヨンの僕」という話を書いたとおり、小学生の僕は熱心なミニ四駆レーサーだった。

 コロコロコミック片手に、近所のデパートで仕入れた改造パーツと、駄菓子屋で仕入れたカラースプレー、家の工具入れの奥から発掘したペンチとドライバーでマイカーを組み上げる僕を見た父が、ある休日、「なんでも売っているところがあるぞ」と言って、僕を街へと連れ出した。

 そして連れていかれたのが、この中川ライター店であった。

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 ごちゃごちゃとガラクタの吊るされた戸をくぐると、頭の上から不気味な視線を感じ、視線を上げれば、夢に出てきそうな恐ろしい形相のマスクがずらりと陳列されている。

 すっかり萎縮しつつ父に続いて店の奥に進むと、そこに桃源郷があった。

 隙間なく積み上げられたレーサーミニ四駆の箱。コロコロでしか見たことのなかった希少パーツ。タミヤマークの入ったニッパーやピンバイス。

 その光景にゲロッパした僕の中のJBもフィールグッドで、そんな僕を見た父も満足げだったように思う。


 帰ってから父に、あんな店は他にもあるのかと興奮ぎみに聞くと、父は、分厚いタウンページを引っ張り出し、「模型店」のページを開いて僕に差し出した。

 その日から、日曜の父との模型店巡りが始まった。

 最初は、なかなか売っていない前世代のマシンやパーツ探しを目的としていたが、だんだんと、降りたことのない地下鉄の駅で降りて、住所を頼りに小さな桃源郷を探す、その行為自体が妙に楽しくなった。

 住所さえわかればだいたい地下鉄で行けちゃうんだっていうこととか、タウンページって電話番号を調べるだけのものでなくて、桃源郷マップにもなっちゃうものなんだっていうこととか、そういうことが少年の自分には新鮮な発見だった。

 僕にとっての中川ライター店とは、そのすべてのきっかけを与えてくれたお店なのである。

 

 また僕にとってこの店は模型店の扉であったと同時に、狸小路への扉でもあった。

 近年にわかにアジア人の観光マーケット街のようになってしまった感のある狸小路だが、少し前まで――懐古バイアスまじりに評すれば、札幌市内でいちばん活気があって、人間味のある場所だった。

 中心部はアルシュやドン・キホーテの賑わいの中に、時折奇抜な専門店とラーメン屋。

 夜になると絵描きや露店がぽつぽつと並び出し、その隙間を埋めるようにゆず崩れのアコギ弾きが歌う。

 そこから西に行けば個性的な店の並ぶ飲み屋街が現れ、東に行けば壁に向かって野良ダンサーグループが練習している。

 楽しい場所だと思ってへらへら歩いていると、いかつい黒人にヒップホップな服屋に連れていかれそうになったり、一時期は毎週末レディースの集会のために警戒態勢が敷かれたりもした。

 そんな愉快さと恐さの混じる狸小路への入り口となったのが中川ライター店であり、いまにして思えば、このお店自体がそんな狸小路の縮図であった。


 去年だったか一昨年だったか、友人らでハロウィンパーティをやろうという話になって、何か簡単な仮装を…と思ったときに、かつて小さな僕を高みから見下ろしていたあの面様を思い出して、この店に足を運んだ。

 入店の度にあれだけ恐ろしさを覚えていた彼らの顔も、同じ高さで見るとどこか可愛ささえ感じられて、失われてしまった恐怖心を少し惜しく思った。

 店主を呼んで、その中の金髪のゴリラ面を指差すと、ああこれはここに置いてあるやつが最後だわ、ちょっと安くしとくねと言われ、こいつの席をこれから誰が埋めるのだろうなんてことが気になったりした。

 

 ハロウィン会場。展示品価格で買い取ったそれを頭からすっぽりかぶって登場した僕を指差して、誰だ誰だと言って笑う友人たちの楽しそうな顔を両目の穴から眺めながら、長年に渡って子供らを怯えさせてきたであろうこいつの心境を考えると、なんだか軽い気持ちで笑えなくて、心の中でお疲れさまを呟いた。